「人の家に来てまずすることがそれなの?」
と原田知世は呆れた声で言った。
「悪かったよ。でも、どうしても気になったんだ」
と僕は返事をした。
「冷蔵庫の中身が?」
「そう、冷蔵庫の中身が。でも勘違いしないでほしい。僕は誰かの家に行ったら毎回必ず一目散にキッチンへと向かってそのまま冷蔵庫を開けて中身をチェックするような野暮な趣味を持っているわけじゃない。平日の昼間にやっているバラエティショーとは違うんだ。普段は誓って勝手に人の冷蔵庫を開けたりしない。君の冷蔵庫だから気になったんだ」

「私の冷蔵庫だから気になった」
原田知世は一度飲み込んだ僕の言葉を反芻するみたいに繰り返したあと何度か小さくうなずき、
「要するに、私の冷蔵庫に本当にそれが入っているのかどうしても確かめたくなったというわけね?」
と言って僕が冷蔵庫から取り出して眺めていた物を指さした。
ブレンディボトルコーヒー。無糖。
「まあ、そういうこと……」

原田知世は額に手を当てて心底呆れたような顔をしながら「ねえ、そんなの当たり前でしょう?」と言った。
実際、彼女の冷蔵庫には無糖から微糖、低糖、オリジナルに至るまであらゆるブレンディボトルコーヒーが揃っていた。まるでブレンディボトルコーヒーの博物館みたいだった。奥にはブレンディボトルコーヒーの化石もあるかもしれない。
「まあ、いいわ。ちょうどのどが渇いたから私の分も入れて」

僕はなるべくばつが悪そうな顔をしながら棚から二つのグラスを取り出し、氷を入れたあとにブレンディボトルコーヒーを七分目くらいまで注いだ。
その後冷蔵庫から牛乳を取り出してコーヒーの入ったグラスに注ごうとしたが、その瞬間に原田知世が片手で僕の手をつかんで制止し、もう片方の手の人差し指を口元に当てて少しだけ笑みを浮かべながら「でもね」と、いたずらっぽく言った。
「でもね。本当は、カフェオレは得意じゃないの」


harada


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